2012年10月19日金曜日

待つ夜にむかふ

うれしとも一かたにやはながめらるる待つ夜にむかふ夕ぐれの空 永福門院


万葉以来、男の訪れを待つ女心は和歌の好題目であったが、それはひとつには男を呼び寄せる呪術的な効果が期待されたのであろう。ところが、王朝文化においては、待つ女のイメージを好んで歌に詠んだのはむしろ男性であり(たとえば定家の「来ぬ人をまつほの浦の」の歌)、「新古今」時代の男性歌人というのはいわば「名女形」のような存在であると丸谷才一はいう。
この永福門院の歌は、男が久しぶりに訪ねてくる日の待つ女の心を女の立場で詠んでいる。期待や喜びはもとより、不安、恐れ、悲しみ、あるいは危惧といった微妙な多層的な感情がたくみに表現されている。王朝的男性歌に比べると近代的ですらある。丸谷いわく、「厳密に言へば、女はまだ待つてゐない。ただ『待つ夜にむか』つてゐるだけだ」と。
新々百人一首73